海賊とよばれた男はなぜ経営危機に陥った?大分銀行に救われたの?
永遠のゼロに続き大ヒットとなった海賊とよばれた男。
数々の苦難から成長して日本を代表する企業となった出光興産の創業者がモデルとなっています。
苦難というだけあって、その道は平坦なものではありませんでした。
どの商売でも資金繰りは生命線であるわけで、これに対処するかが企業が存続する上での鍵となります。
今日はそんな資金の話に焦点を当てて行きます。
経営危機に陥った国岡商店
外的な要因による経営危機
関東大震災(1923年)、金融恐慌(1927年)に経営危機に陥ります。
第一銀行(現:みずほ銀行から)から25万円の返済を迫られたのです。
大正当時の25万円は現在3.3億円ほどに当たります。
「海賊とよばれた男」のモデル・出光佐三が経営危機=倒産=自殺
を考えるくらいに追い込まれたそうです。
一般人の感覚からすると何で借金するの?
と思うかもしれません。
なぜ銀行からお金を借りるのか
商売は基本借金から始まります。
石油でいえば最初に石油を仕入れて、販売する。
仕入れ、つまり購入するわけですからここで元手(借金)が必要になります。
売れれば利益になるわけですが、売れなければ損失になります。
企業はそのリスク・リターンを見ながらお金を借りるわけです。
黒字なら借金しない方がいいのでは?
と思うかもしれません。
しかし、それだとレバレッジが効きません。
例えば金利(借金の利子)が10%だとしましょう。
理論上、何もなければ10%以上の利益率が望めるならした借金した方が得なわけです。
1億円借りてきて11%の利益がでれば100万円の利益になりますから。
成長過程にあった当時の日本で当然の選択ですね。
経営危機を救ったのは大分銀行
現金がないと大変です。
様々な代金の支払いができませんし、何より従業員の給料が支払えません。
「黒字倒産」という言葉もあるように例え利益が出ていても手元に資金がなくて、
支払いができなければ企業が潰れることもあるのです。
ただ、ここで救世主が到来します。
二十三銀行(現:大分銀行)です。
第一銀行が引き上げた資金を肩代わりしてくれることになりました。
企業として九死に一生を得たことでしょう。
他の銀行が資金を引き上げた企業の借金を肩代わりすることは相当難易度が高かったと推測されます。
当時銀行は数字+銀行=銀行名でした。
設立順に番号をふっていってます。
現在でも百五銀行(三重県)などまだ番号のままの銀行も存在しています。
銀行がお金を貸してくれないのは仕方ない
こう見ると
「弱いものいじめなんじゃねーの?」
と思う方もいるでしょう。
銀行の姿勢として
「銀行は雨の日に傘を取り上げ、晴れの日に傘を貸す」
と言われるくらいです。
しかし、銀行にも事情があります。
預金者から預かった大事な資金を倒産の危機がある企業に貸すわけにはいかないのです。
そして銀行のタチが悪いのがその業態。
倒産しようものなら、
貸している様々な企業からお金を引き上げ
↓
その企業が倒産
↓
その企業に売掛金がある企業が倒産
↓
繰り返し・・・・
ドミノ倒しで倒産→金融恐慌が起こるのです。
だから国は一般メーカーに比べて銀行を守るわけです。
ある意味仕方のないことでもあります
まとめ
・外的な要因、関東大震災と金融恐慌で出光佐三は経営危機に陥った。
・第一銀行から返済を迫られたが二十三銀行が資金を肩代わりしてくれた。
・第一銀行が悪者に見えるが預金者のお金を守るためと思うとむやみに責められない。
・銀行が潰れるとお金を貸してる企業の連鎖倒産の可能性が出てくる。